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2006年10月

2006.10.24

■ 建築の 静 と 動 <その2>

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建築の 静と動<その1> の続き

日本の建築と風景の関係は、どちらかというとスイスの関係に近いのだと思います。日本にはスイスほどエネルギッシュな山々は身近に有りませんが、遠くの山や近くの小さな山との関係から、民家やお寺の構え、町並みが形成されていたのは皆さんもご存じかと思います。
「鎮守の森」「借景」「富士見坂」などの言葉は風景との関わりを表しています。

しかし、このような関係が成り立つのは、周りの風景がよく見えていた頃のことでしょう。
現代の都市環境や、現代の住宅街で求められるのは、恐らくもう一つの関係性になるのだと思います。建築が立ち並び、周りが見渡せなくなったとき、人間はシンボリックなものを求めるのだと思います。

現代の住宅街という環境の中で、そのような欲求が生まれてもおかしくないわけです。
現代建築がモダンを主張するのもそのような理由からかもしれません。主張するも良し、同化させるも良しです。
皆さんはどのような空間に住みたくなるのでしょうか?

勿論、解は様々存在します。冷静なのにダイナミック、シンプルなのに適度に刺激的、落ち着くけど楽しい、etc...。
選択肢は決して2極では有りません。
両極の要素を一つの空間にまとめ上げることも出来ます。

私達は、敷地と周辺環境と依頼主の欲求を総合的にお伺いし、最適な解を見つけていきたいと考えています。

※ 写真はスペイン南部グラナダの町並み。地形の起伏に沿って隆起する建築群の中心には教会の尖塔が見えている。



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■ 建築の 静 と 動 <その1>

Cul_04

建築・住宅のデザインあるいは状態には、はたして静と動のどちらの状態が求められるのでしょうか。

私はしばしば考えることが有ります。もちろん2極論ではないのは明らかですが、2極化してみることで見えてくるものも有ります。

・人間は、住む場所の内部空間に、静かな場所を求めるのか、勢いのある空間を求めるのか。

・建物の外観に、静けさを求めるのか、ダイナミズムを求めるのか。

・周囲の環境に対して同化を求めるのか、突出を求めるのか。

・自然風景あるいは都市風景の中でどう有るのが適切なのか。

・あるいは適切かどうかを超えて求めてしまう状態はどちらなのか。

私の中でとても印象に残っている経験が有ります。
それは、スイス南部の現代建築を見て回ったときのことです。私はスイス民家と風景の関係の中に面白い関係を発見して一人喜んでいました。

風景全体の印象は、とにかくむき出しの山々がエネルギッシュで、その谷間に集まる民家や街はとても「冷静」で、シンボリックな建物があまり見当たらないのです。スイスの山裾に住む人々の心のシンボル・アイデンティティは恐らく、背後にいつも佇む山々に有るのだと考えます。その風景の中では、建築がシンボリックだったり、ダイナミックである必要が無いのだと思います。きっと人間の作るシンボルなど、それらのエネルギッシュな山々を前にして、ちっぽけで、陳腐なものに感じられるに違いありません。

それに対して、フランスやスペインなど突出した山などが無い緩やかな土地には、シンボリックでダイナミックな建物が見られます。

人間は、静と動のバランスの中で何か不足している物を求め、創り上げるのだと思います。


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2006.10.05

■ 時を経た建築に住む <その3>

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非常に古いが、味があって魅力的な建物の改築が、なかなか難しい理由はには、以下のようなものがあります。

●1. 昭和56年の新耐震設計法の施工以前の建物の場合
これは、耐震基準が今ほど厳しくない時に建てられた建物のことで、これ以前の建物を増築・主要構造部の過半の改装・用途転換をしようとすると、構造補強が広範囲に必要になってきます。
用途を変更せず、増築をしなければ問題なく改装できますが、魅力的な古い建物ほど、別の用途に転用したくなるものではないでしょうか?

●2. 完了検査済証が残っていない可能性も
該当する場合は、まず、改装する前の建物が基準法に則ってできあがっているかを調べる必要が有ります。そのため、調査費用が別途かかってきてしまいます。調査内容は、鉄筋の数や接合部。基礎も調べます。また、劣化も調査し、その度合いによっては、劣化に対する補強も必要になります。それでも新築に比べると経済的ですが、それなりのお金を投資して、それに見合う魅力のある建物になるかどうか検討してみる必要があります。

●3. 設備がネック
建築物の耐用年数は設備の耐用年数で決まってしまう場合も多いので、設備が使えない状態から復旧するのは資金的にネックになって来ると思います。設備を復旧したとして、今度は建築がどの程度持つのかとなると、難しいところかもしれません。

「廃墟的建物に住む」ことは、現実的には選択肢としては、残らない場合が多いのではないかと思います。「廃墟は美しい・・」とは言っても、建て替えたほうが良いのかもしれません。新築でも、構造体むき出しの状態でしたら、同じような雰囲気を醸し出したりしますが。

廃墟的な建物に住むことは、実現の難しい「夢」に近いものなのかもしれません。

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2006.10.04

■ 時を経た建築に住む <その2>

Haikyo3_2Haikyo4

人はなぜ廃墟的な物を求めてしまうのでしょうか。
3つほど、私なりに考察してみました。

●1. 時間の中に身を置く心地よさ

人間は「今」この瞬間だけでは、生きているという実感を得ることは難しいのでは無いだろうか。
時が刻まれた空間の中に、背景に流れる時間や時代を感じることで、自分自身を「時の流れの一部」と感じることができる。そして、それが精神の安心につながるのではないだろうか。
建物に張り付く植物や、無造作に置かれた物達に、自分を置き換えてみることもできる。
廃墟を前にした時、時の流れの傍観者になる。時代を俯瞰する心地よさということも有るかもしれません。

●2. 長い時間の中で存在し続けることへの共感

むき出しの構造体を見ると、「重力と時に耐えて立ち上がる強さ」を感じます。なぜかそれらを見たとき、大きな存在を感じ、奮い立つのです。建築が、実は私たち生き物と同じ、身近な存在であることに気づく瞬間でもあります。

●3. 静寂の中に時の気配

廃墟は、静寂の中に有りながら、人や生物の気配を感じることができる特殊な空間なのではないでしょうか。
人間は、一人になりたい時もある、でも実は「気配」の中に居たい、そういう生き物なのかもしれません。

そうはいっても、寒々しい空間に生活するということは、私もしたくない。しかし一方で、そんな空間を求める自分も居たりする。

むき出しの、寒々しい部分を一部残しながら、生活できるように改装して住んでみたい。と考える方はどれだけいるのでしょう。



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2006.10.03

■ 時を経た建築に住む <その1>

Haikyo1km_2

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廃墟(現在使われていない古い建物)を改装して住めたらいいのに、と思うことが有ります。
廃墟的空間が身近に有ったらいいのに、と思うことが有ります。
この感覚は建築を職業とする者のみが持つ、特有の感覚なのでしょうか?
このことは、昔からの私の疑問です。

「絵」として心を打たれはしても、そこに手を加えて実際に生活したいと思う人はどれだけ居るのでしょうか? 構造体むき出しの空間に身を置きたくなる人はどれだけいるのでしょうか?

時を経て、一部崩れた建築。
崩れた場所に植物が根を張り、風に揺れている。
刻み込まれた生活の痕跡と、時間が染みついた物体。
それらを昔と変わらず照らし出す日の光。
浮かび上がる生活(建築)と自然と時間。

なぜ、そのような空間に親しみを感じるのでしょうか。
私なりの考察をしてみました。

→<その2>へ続く



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2006.10.02

■ 風土と現代のはざまで <その3>

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風土と現代のはざまで <その2> の続き

先に述べたような地域で、実際に増えつつ有る住宅はこんな感じです。

※写真1. 田畑に唐突に立ち現れる民家。ちょっと違和感有ります。。。
※写真2. 戸数のわりに削りすぎでは。。。

このような状態は、どちらかというと新規に建つ物件に多く見られます。
売る方は、この地域の景観はほとんど考慮していないのが現状です。住まわれる方々も、この地域にどれだけ美しいたたずまいが有ったかは知らない方も多いのではないでしょうか。

これらの原因は、建売業者などの景観への配慮の無さに有ります。
また、これらの開発を抑制するために、地域が中心になって整備していく必要があるのではないでしょうか。

人口の流出を防ぎたい、どんどん新しい入居者が入ってきて欲しい、という地域の現状もありますが、これではかつて美しい風景が有った地域でも、全国全く同じ住宅街が広がっていくことになるのです。ゾッとしませんか?
美しい景観を整備し、地域のオリジナリティを高めることで新しい入居者を迎え、人口の流出を防ぐ方法を選択すべきなのだと思います。

また、不思議なことに、これらの地域に住む方々は、自分たちの伝統的民家に対して余り誇りを持てないのが現状のようなのです。
お嫁さんを迎え入れる農家も、新しく敷地内に建てる夫婦の住まいを、敢えて母屋とは全く違うこれらの洋風の建物にしてしまうことも少なくないようなのです。

現在住んでいる方々も、故郷に自信を持って、美意識を持ち続けていって欲しいと思います。



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2006.10.01

■ 風土と現代のはざまで <その2>

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風土と現代のはざまで <その1> の続き

これらの寺や民家の屋根のプロポーションはとても美しく、「家」というものが、何か大きな、象徴的な意味を持っていたのではないかと思わせます。屋根は雨をしのぐためだけのものではなく、生きるための拠点・誇りのようなものを表していたのではないかと考えられるほどに、存在感が有ります。

普通に残せるものなら、勿論残したい。
しかし、茅葺き屋根を今の時代に残すことはとても難しいことなのです。メンテナンス費用が多額にかかり、現代の社会システムからズレてしまった素材が、現代の新しい建材に取って代わることは、ある意味自然な流れだとも思います。ただ、その方法に問題があるのだと考えます。

茅葺き屋根の美しく、象徴的な形、建物全体のプロポーションは、長い長い年月を掛けて積み上げられ、リファインされてきたものです。
これらの地域に新たに建つ新しい建築が、それらの建物と同等に渡り合える美しさを備えていれば、何の問題も無いのだと思います。

私たちは、モダンな建物も設計します。現代の新しい技術も追求します。そして、これらの建築も何とかしたいと考えています。移築や修繕の際に、それらに粋なデザインも新たに加え、現代によみがえらせることへの手助けなども行って行きたいと考えています。



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■ 風土と現代のはざまで <その1>

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皆さんは、このような民家が今現在も普通に残っている地域があることをご存じでしょうか。特に保存地区とかではありません。

地方、特に山間部で農業を営む地域では、今でも写真にあるような民家が残っています。いわゆる農家です。私の知る具体的な地域は、千葉県中部の長生郡長南町・睦沢町・長柄町などですが、千葉県に限らず全国の山間部に存在するのだと考えられます。

背後の山々と、前方に広がる水田の稲穂、民家の緩やかな曲線を描く屋根が一体となった風景は、それはそれは美しい風景です。
しかし、これらの建築も老朽化し、修繕しなくてはならない時期を迎えているのですが、当時のように皆で助け合って家を建てたり、補修したりするシステムが無くなっているために、どんどんサイディングなどの工業生産された住宅に取って代わっています。

私は、「現代建築」という曖昧な分野で建築を設計していますが、これらの現実もまた「現代」に違いないのです。「現代建築」は新しい技術・建材・モダンさを追求することのみを指すのではなく、「現代」に起こっている様々な要望に、現代の知恵や思想をもって解決していくのが「現代建築」なのだと考えています。

→<その2>へ続く



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