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2010.11.09

■ 自然に潜む美を、どう扱うか

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昨日は、土木構造設計家の講演を聞きに出かけた。

「自然の中にあるデザインをどう取り扱うか」

長い間考えてきたことが、私なりにまとまり、
とてもスッキリした気持ちなのであります。

(長い間考えていたこと → http://otsubo-archi.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_63ae.html

要約すると「自然の持つ美を、どのレベルで参照すべきだろうか」
ということです。
それについての、現時点での私なりの結論はこうです。

自然から抽出すべき要素は
複雑性ではなく、
複雑なものの集合が、どのように「シンプルな合理性
を創り上げたのか
ということを参照すべきなのではないかな~と考えています。

●自然の美(生物の場合:例えば細胞)は、
細胞のレベルでの状態は必ずしも美しいわけでなはく、
それらがまとまった「全体の骨格」が合理的で美しいのである。
参照すべきは、ミクロの状態ではなく、マクロな状態であるということ。

つまり、
細胞レベルでの合理性は、
細胞の「自然増殖」のための合理性であり、
あくまで「全体を構成するための部分」の合理性であり、
細胞の集合体は複雑混沌としていて、美しいとは限らない。

細胞の自己増殖は、
細胞の表面積ができるだけ増えるような仕組みになっているので、
法則性を持ちながらも、より複雑になっていくわけなのです。

従って、ミクロの集合体として
(ミクロな法則性はあるものの、全体としては複雑な構造体として)
参照するのは、果たしてどうなのだろうか。

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それに対して

●自然の美(外的要因から生み出される形状の場合:例えば風紋)
は、
ほぼ力学的な理由から形づくられた形状の集合であるが、
この場合は、先ほどの例とは逆に、全体よりも部分の合理性を参照すべきなのではないかと思う。

部分を拡大しても合理性があり、
部分を集合させても合理性がある。
更にそれらの集合が別の大きな形を形成し、
それらの集合体が、また更に別の大きな風景を形成している。

というような場合。

例えば、風紋は、
一つ一つの小さな「砂の山脈」として見ても流体力学的に意味のある形で、
それらが集まった「風紋」も、恐らく流体力学的に合理性をもっている。
それらがさらに集まって隆起した「砂丘」は、
小さな砂の山脈と同じような形をし、
それらが集まったものは、美しい「砂漠」として広がっている。

この場合は、
先ほどとは逆で、部分の方が単純な形状で、
全体は、一定の法則はあるものの複雑化していくわけです。

特に建築に関しては、
複雑性を参照するのではなく、
あくまで、シンプルな力学的合理性を参照したほうが自然ではないか~と考えるのです。

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まとめますと、
建築の場合、ドローイングなどと違い、
ある程度の合理性が必要なわけです。

ですから、
自然から抽出すべき要素は
複雑性ではなく、
複雑なものの集合が、どのように「シンプルな合理性
を創り上げたのか
を参照すべきなのではないだろうか~と考えるのです。

「複雑な構成要素」が現れているレベルではなく、
全体としての「シンプルな合理性」が現れているレベル
エッセンスを抽出すると、より自然な状況に近づくと思うわけなのであります。

※写真参考文献
THE ANATOMY OF NATURE / Andreas Feininger



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